歯科衛生士“人財”を確保するためには? ー教育背景と就業状況の視点からー
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2022.06.15

働き方・人事

歯科衛生士“人財”を確保するためには? ー教育背景と就業状況の視点からー

歯科衛生士“人財”を確保するためには? 教育背景と就業状況の視点から

2021年時点で歯科衛生士養成校における入学者数は過去最高*1となり、現在の日本における就業歯科衛生士数は2020年時点で142,760人*2と10年前の103,180人*3より38%程増加しています。そんな状況に相反して、なかなか歯科衛生士が採用できないと悩んでいる医院様もいらっしゃるのではないでしょうか。
歯科衛生士数が増加している一方で、養成校の就職者に対する求人倍率は令和2年度では19.4倍*1となっており、2022年卒の大卒求人倍率1.5倍*4に比較すると非常に人員確保が難しい状態になっています。
実際2017年には、国家予算として「歯科衛生士に対する復職支援・離職防止等推進事業」が創設され、歯科衛生士の需給が国家的課題となっています。
本記事では、優秀な歯科衛生士”人財”を採用し、活躍してもらうために、知っておくべきことを整理してご紹介いたします。

歯科衛生士の教育について知る

歯科衛生士法が1948年に制定されてから2022年で74年が経ちます。当初1年制だった歯科衛生士教育は1983年には2年制以上、2010年には3年制以上となり、現在では4年制大学での教育も行われています。一部では修士号や博士号を取得する歯科衛生士も増えてきました。

歯科衛生士の業務や役割も時代と共に変遷を遂げています。歯科医院に行列ができていたむし歯の洪水時代を経て、今日では、歯科疾患予防のために歯科医院に通院する方が増えています。さらに超高齢社会の到来により、従来の歯科医療に加えて医科・福祉分野との連携、地域におけるニーズも増加していると考えられます。そんな現代の歯科衛生士について知るために、まずは最近の卒前教育について確認しておきたいと思います。

歯科衛生士養成機関における教育内容は「歯科衛生士学校養成所指定規則」に定められていますが、現在では大綱化されており、各校がそれぞれ特色ある教育を行っています。

歯科衛生士学校養成所指定規則

また、具体的なカリキュラム作成にあたっての指標として全国歯科衛生士教育協議会が「歯科衛生学教育コア・カリキュラム ー教育内容ガイドラインー(2018年度改訂版)」を作成しています。このガイドラインでは、学習項目の一般目標・到達項目とともに、歯科衛生士に求められる基本的な資質として下記のような事項が挙げられています。

歯科衛生士に求められる基本的な資質

昨今は「歯科衛生過程」についての授業があり、クリティカルシンキングや科学的根拠を重視し、より良いケアを計画的に患者さんに提供できるよう教育がされています。さらに、卒業研究や卒業論文の授業がある養成機関もあります。

「歯科衛生過程」という言葉はあまり馴染みがない先生も多いのではないかと思いますが、Post Oriented System(問題志向型システム)に基づき、SOAP形式で業務記録をつけて、一連のプロセスを回していくというものです。

つまり、歯科衛生士は卒前教育において、歯科衛生士として患者の問題解決を支えるプロセスを理解し、特に4年制大学の卒業生等ではエビデンスに基づく歯科医療の提供のために必要な知識とスキルを習得していると言えるでしょう。

歯科衛生過程(歯科衛生ケアプロセス)

歯科衛生士養成機関には、厚生労働省指定と文部科学省指定の区別があり、さらに各校の教育方針には差異があります。臨床での即戦力となることを重視して職業訓練的な側面が強い学校、国家試験対策中心となっている学校、指導的立場に立つことを前提に口腔保健のリーダーを養成する学校など、さまざまです。学校で過ごすのは3〜4年間ではありますが、どのような歯科医療人になるのか、多くの学生にとって卒前教育で見聞きしたことが自身の思い描く歯科衛生士像に影響しているでしょう。
歯科衛生士を採用する際に、卒前教育について知っておくことは、医院とマッチした人材を採用するためのひとつの判断材料になると思います。

2021年時点で、歯科衛生士養成校における入学者数は過去最高を記録しています。しかし、入学者が増える一方で、入学者が定員に満たない学校が48.3%*1あることも事実です。また、就職率が全国平均で91.6%、特に関東甲信越で88.7%と低く*1、令和4年の国家試験合格率95.6%から考えても、卒業時点で歯科衛生士以外での就職や他分野への進学を選択していることも示唆されます。

参考文献


*1 一般社団法人全国歯科衛生士教育協議会:歯科衛生士教育に関する現状調査の結果報告(令和3年6月)
*2 厚生労働省:令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況
*3 厚生労働省:平成22年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況
*4 リクルートワークス研究所:第38回ワークス大卒求人倍率調査(2022 年卒)

 

歯科衛生士の就業状況について知る

令和2年末時点で、就業歯科衛生士数は142,760人、そのうち90.9%が診療所に就業していました*2。就業場所の比率では、10年前も診療所は90.9%*3と変わらず、歯科衛生士の役割拡大や業務多様化の一方で、歯科医院勤務の歯科衛生士が依然として多いことがわかります。

就業歯科衛生士数の増加と特徴

しばしば歯科衛生士については離職率の高さが指摘されますが、歯科衛生士名簿登録者は令和元年度末の時点で291,910名*5となっており、およそ半分の方が離職していることになります。参考までに、日本における常用労働者の離職率は雇用動向調査によると14.2%*6です。同じ医療職としては、2020年度の正規雇用看護職員離職率※は10.6%*7ですが、本調査の対象は病院勤務の看護職員であるため注意が必要です。
※ 看護職員は、保健師・助産師・看護師・准看護師をさす(看護補助者は含まない)。フルタイム勤務及び短時間勤務の正規雇用職員を対象とする(パート、アルバイト、臨時職員、嘱託等は含まない)。

日本歯科衛生士会が実施している勤務実態調査*8からは、診療所勤務の者のうち53.3%が常勤であり、非常勤の者も43.4%と多いことがわかります。また診療所の常勤と答えた者のうち、現在の勤務先の勤続年数は5年未満の者が最も多くなっています。診療所の非常勤と答えた者のうち、複数の勤務先で勤務している者が半数いることも興味深い点です。

歯科衛生士会の調査結果から見る勤務実態

同調査では診療所の常勤勤務者のうち、転職又は現在の勤務先を替えたいと”現在”考えているものが合計20.4%(DHとして14.8% + DH以外5.6%)と、一定数の歯科衛生士が現在進行形で転職や勤務先変更を考えていることがわかります。

一方実際に勤務先を変わったことがある者の変更理由については、多かった順に「結婚」「経営者との人間関係」「出産・育児」「給与待遇の面」「仕事内容」「勤務形態・勤務時間」「仕事内容のレベルアップのため」でした。ライフイベントの影響は以前より小さくなったようにも感じますが、依然として転職や勤務先変更のひとつの要因となっているようです。採用後、継続して勤務してもらうためには、柔軟な働き方が可能となっているかが重要だと思われます。

この勤務実態調査は、対象が歯科衛生士会所属の歯科衛生士というバイアスはあるものの、歯科衛生士採用に悩む医院にとっていろんなヒントが詰まっていますので、是非一度目を通していただければと思います。

参考文献


*5 一般財団法人歯科医療振興財団:令和元年度事業報告書(令和2年6月)
*6 厚生労働省:令和2年雇用動向調査結果の概要
*7 公益社団法人日本看護協会:2021年 病院看護・外来看護実態調査 報告書(2022年3月)
*8 公益社団法人日本歯科衛生士会:第9回 歯科衛生士の勤務実態調査報告書(令和2年3月)

 

先生の医院に歯科衛生士は必要ですか?

さて、本題の歯科衛生士採用について考えてみましょう。
まず、貴歯科医院が歯科衛生士を採用する目的、あるいは歯科衛生士に求めていることは何でしょうか?
分業して治療に専念するため、予防を推進するため、あるいは経営効率化でしょうか…?

歯科医院における歯科衛生士採用ニーズが高い背景には、歯科医院における医業収入に常勤歯科衛生士の配置が影響を与える因子*9とされていることがひとつの要因として挙げられます。

また、患者数という観点からは、歯科医院における患者数と従事者数(歯科医師・歯科衛生士・歯科業務補助者・事務職員)にはすべて関連があり、因果関係については明らかにされていないものの、歯科医院においては歯科衛生士がメンテナンスの業務を担うことが多いことから、歯科衛生士がいるから患者が増えることも十分に考えられるとされています*10
本論とは少し話題がずれますが、同上の研究結果からは、診療時間を 1 時間増やしても患者数は約 0.1 名しか増加しないことも明らかになっています*10

患者数と医療従事者数との関連

また、定期的に歯科健診や口腔ケアを受けていた者は歯の喪失が少なく、現在歯が健全に保たれていること*11や、一般歯科医院において歯科衛生士が中心となって実施されたSPTは歯周炎の再発を予防して歯周組織の健康を維持する上で有効*12であることがわかっています。

これらの内容は当然歯科医師でも提供できますが、大半の歯科医院において歯科医師がこれらの業務をすべて担当することはマンパワーとしてもコスト面からも現実的ではありません。経営面での効果はある意味より良い医療提供の結果であり、本質的には先生の考える理想の歯科医療を提供することに重きをおくことで、歯科衛生士も患者さんも集まるでしょう。

歯科衛生士の採用にあたっては、応募者がどのような歯科医療を提供したいのかを聞くとともに、院長先生が開業時や日々診療するなかでどんな想いがあるのか、あるいは現在の医院の課題や取り組みについて伝えることが重要です。先生の想いを共有することで、歯科衛生士自身が自分に求められていることや自身の可能性についてより良いイメージを描くことができれば、その後の採用やより良いチーム医療の実現につながるものと思います。

逆に、採用の目的次第では歯科衛生士である必要はないかもしれません。ホスピタリティや事務の担当者を充実させたいのであれば、その分野を専門に学んだ方や業務経験のある方を採用することもひとつの方法です。一度院内のワークフォースについて整理し、何を担う人材が不足しているのか、あるいは院内に歯科衛生士がいるのに本来してほしい業務が行えていないのであれば業務内容を見直すなど、目先の歯科衛生士採用に縛られず幅広い視野をもつことで、また違った視点が得られるかもしれません。

参考文献


*9 恒石 美登里, 平田 創一郎, 山本 龍生, 石井 拓男:日本歯科医師会の歯科医業経営実態調査についての検討 : 平成8年から平成18年までの経年的分析. 日本歯科医療管理学会雑誌 43(3):175-183, 2008.
*10 厚生労働統計のレコードリンケージによる患者数と医療施設要因の関連の検討:平成22年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業研究事業)「歯科疾患等の需要予測および患者等の需要に基づく適正な歯科医師数に関する研究」 分担研究報告書

*11 三浦 佳子, 品田 佳世子, 下山 和弘 他:定期的に歯科健診と口腔ケアを受けていた成人の歯の状況. 口腔病学会雑誌 69(4):285-289, 2002.
*12 人見 早苗, 石幡 浩志, 猪股 裕士, 島内 英俊:一般歯科医院におけるメインテナンス治療の長期効果に関する研究—歯科衛生士を中心としたSPTの評価—. 日本歯周病学会会誌 48(2):123-134, 2006.

 

一緒に働く歯科衛生士を探しにいこう!

最後に、実際の採用活動についてです。

新卒採用をお考えの先生は、医院の方針とマッチしそうな教育を行っている歯科衛生士学校に求人票を出しましょう。学生は、ウェブや知人からの情報も参考にしていますが、多くは学校にある求人票を見ています。卒業生も求人票を見に母校へ帰ってくることがあります。

また、可能であれば実際に学校に赴いて(またはオンラインで)就職説明会の機会を設けると良いと思います。求人票だけでは伝わりにくい院長先生の信念や人柄を知ってもらうことは、理念を共有できる歯科衛生士を採用しやすくなりますし、その後の早期離職を防ぐことにも繋がります。

地区別 歯科衛生士養成学校一覧(日本歯科衛生士会ホームページ)

また、現在では夜間部の養成課程もあるため、医院側が一部学費を負担して、歯科助手さんに歯科衛生士学校に通ってもらうケースもあります(独自の制度がある学校も)。本人が学費を負担して通う場合、条件を満たせば「専門実践教育訓練給付金制度」を利用できるので、その場合はかなり負担を軽減することができます。

また、一度離職していた歯科衛生士を呼び戻すことも重要な視点です。医院だけで再教育することが難しい場合でも、地元の歯科医師会・歯科衛生士会や企業が提供している復職支援サービスを活用することもできます。ブランクのある歯科衛生士さんでも、子育てなどの経験や別の業界で得た知識は思わぬかたちで活かせることもあります。

歯科衛生士の復職支援事業(日本歯科医師会ホームページ)

歯科衛生士の復職支援大学研修センター(日本歯科衛生士会ホームページ 各大学へのリンク)

歯科衛生士復職支援プログラム「リ・ワークDH」(人材教育支援機構ホームページ)

求人広告はアピールポイントを明確にした上で、課金タイプや掲載先を工夫することで一定の効果が期待できると思いますが、ここでは本論と外れるため触れません。歯科医院が費用をかけずにすぐ始められることとして、SNSでの情報発信が挙げられます。集患目的で既にSNS運用されている医院様もいらっしゃると思いますが、採用の観点からも医院のイマがわかるInstagramはターゲット層から考えてもとても効果的だと思います。ホームページと比較しても、最新情報を医院の誰もがいつでも更新できるので続けやすいですね。何を投稿すればいいのかと悩まれるかもしれませんが、講師を招いてのセミナーの様子、スタッフ同士での練習の様子、学会発表の報告、あるいは最近導入した設備の紹介でもいいかもしれません。医院のスタッフさん自身が、自院のいいと思う点や入局した時の気持ちをシェアするのもいいですね。医院のイメージが視覚的に伝わり、求職者自身が自分がその医院で働くイメージがつくかどうかが重要です。

今回は採用に焦点を当てて取り上げましたが、採用した”後”がより重要です。既に歯科衛生士を雇用されているのであれば、柔軟な働き方を許容することやキャリアアップ支援なども必要になってくるでしょう。採用後についてはまた別の機会に触れたいと思います。

最後に、歯科診療所における推計患者数はここ10年横ばい*13となっています。一方歯科健診(検診)を受診する者は増加しており*14、歯科衛生士が多い歯科医院は定期健診受診率が高いことも8020財団の調査からわかっています*15。2022年6月7日、政府の「骨太の方針」に「国民皆歯科健診(検診)」が盛り込まれたことも記憶に新しいですね。

いまの時代、より良い歯科医療を効率的に提供し、患者さんから選ばれる歯科医院になるためのひとつの鍵は、歯科衛生士にあるでしょう。

参考文献


*13 厚生労働省:平成29年(2017)患者調査の概況
*14 厚生労働省:平成28年「国民健康・栄養調査」の結果
*15 財団法人8020推進財団:健康日本21関連歯科医療施設調査報告書(平成16年3月)